与謝蕪村筆「四季行事風俗図(春夏)」第4扇
「灌仏会図」
寛延庚午孟夏 画於東野城隅 四明山人
朱文小方印「四明山人」 朱文「朝滄」
頬かむりをした朴訥そうな露店の主人が甘茶(香水)を売る屋台。集まる人々は飲み物を入れる竹筒らしき水色の容器を持参している。いかにも涼し気だ。男の子は芥子坊主頭。赤子を背負う女性が、季節はずれの半纏をまとっている。丸髷の髪型からみて子守の女性だろう。
遠方に杉林に囲まれた藁ぶきの納屋が見える。右手を天上、左手は天下を指さす「天上天下唯我独尊」、誕生仏を安置した花御堂である。これによって、四月八日の釈迦誕生を祝って行われる神事、甘茶をそそぐ花祭・灌仏会を描いたことが理解される。
灌仏会を描いた図柄の中で、釈尊像を背後に小さく描き、甘茶売りとそれを求める女性や子どもたちを前面に大きく描く構図は珍しい。
四明(若き蕪村)は、結城の弘教寺(浄土宗)で得度し、僧体で関東・東北地方を遊歴したという伝承があるが、現在を生きる人間への関心の方がより高かったのだろう。
とりわけ甘茶売りの商人の団子鼻は、後の俳画「弁慶賛/花すゝきひと夜はなびけ武蔵坊」自画賛の弁慶の団子鼻や「やぶいりや余所目ながらの愛宕山」自画賛の養父入の男の団子鼻を彷彿とさせてくれる。
甘茶売りの商人の表情には、芭蕉が「おくのほそ道」の途上の日光で出会った仏五左衛門を重ねてしまう。「唯無智無分別にして正直偏固の者」で、「剛毅木訥(ごうきぼくとつ)の仁」だ。
三井寺や日は午にせまる若楓
灌仏会が終われば、初夏だ。琵琶湖を見下ろす広大な三井寺の境内。埋め尽くした若楓の緑が真昼に近付く陽光を浴びて、深く静まり返っている。ここでも余白の効果で、余情たっぷり初夏の爽やかな風を感じる。
款記の「寛延庚午孟夏画於東野城隅四明山人」について。
この年紀の記載によって、寛延三年(1750)四月「東野城隅」で画かれたことが判明する。蕪村35歳。翌年(宝暦元年)には、関東遊歴をきりあげて上洛するので、その一年前のことである。
蕪村は、「山水人物図」(十一幅)にも同じ年紀が記されているので、蕪村は同時に2点を制作したことがわかる。「山水人物図」(十一幅)は漢画風であるのに対し、この「四季行事風俗図(春夏)」は蕪村晩年に確立した俳画の源流とも思われる。
なお、「四季行事風俗図(春夏)」六点は、2020年9月8日の「開運!なんでも鑑定団」で放映されました。
18世紀日本を代表する画・俳の巨匠。