与謝蕪村筆「四季行事風俗図(春夏)」第6扇
「虫送り図」
浪華長堤 四明山人 朱文方印「四明山人」
遠方に見える杉林は、村の氏神を祭る社を囲む林だろう。そこをめざして、前後に幟と中央に天秤棒で太鼓らしきものを烏帽子の七人男衆がかついで練り歩く。後方の幟にはうっすらと「南无阿弥陀(佛)」の文字が記されていることが見てとれる。周りを五人の唐子風の髪型をした子どもたち、また七人の男衆の背後に一人の子が追いかける。子らの代赭色の浴衣帯が鮮やかである。ハレの日の帯なのだろう。
「虫送り」は、イネの虫害を防ぐための行事である。藁人形を中心に鉦(かね)や太鼓ではやしながら田畑の中の道をねり歩く。今はほとんど絶えてしまって、わずかに農村の名残を残した地で行われている。が、江戸時代享保以降は、全国各地で行われていたという。
「虫送り」では太鼓の音に合わせて、どのような歌が歌われていたのだろうか。語呂もいい隆達小唄だったのだろうか。それとも流行歌だったのだろうか。
四五人に月落ちかゝるおどりかな 蕪村
ぢいもばゞも猫も杓子も踊り哉 蕪村
蕪村には踊りの佳句が多い。踊り好きだったのだ。祭りを見るのも好きだった。
きのふ花翌(あす)をもみぢやけふの月 蕪村
唐人(からびと)よ此花すぎてのちの月 蕪村
春には桜花をめで、秋には紅葉に楽しみをつなぐことにして、今日は名月を賞することにしよう。もろこしの人よ、重陽で菊の花を愛でた後の楽しみはありますか。我ら日のもとでは、十三夜の月をも楽しんでいるのですよ。日本の風流は季節をめぐって途絶えることがない。ありがたいことだ。
こうやって季節をたどって、六枚を仔細にたどってゆくと、単調でつつましい庶民の生活の合間には、四季の中でめぐってくる折々の行事を心待ちにする人々のよろこびが伝わってくる。ここに蕪村の俳句を添えてみれば、そのまま俳画の世界に浸ることになってしまうのだ。
以上、六扇の春・夏で一揃いである。もし秋・冬の六扇が出現したら月並絵(つきなみのえ)が完成するのだが・・、どこかから現れないだろうか。
なお、「四季行事風俗図(春夏)」六点は、2020年9月8日の「開運!なんでも鑑定団」で放映されました。
18世紀日本を代表する画・俳の巨匠。