読書逍遥第221回 『オランダ紀行』(その10) 街道をゆく35 司馬遼太郎著
冨田鋼一郎
有秋小春
今回、漱石講演の準備のために自分の本を手にした。
五年前、70歳で出した私の初めての本。60歳代の10年間を総括するつもりだった。
大学の教壇に立った体験を重ねながら、漱石についての社会人向け講演会で自由に語ってきたことを、書き上げたもの。
産み(執筆・脱稿)の苦しみを味わったこと、また、出版プロセスを垣間見ることができたことはよい思い出だ。とにかく形にすることが出来て嬉しい。
筆者の立場になって、世の中に溢れている本はどれも、このような作業を経ていることを知り、もっと書物に敬意を払わなくてはいけないなと反省した。
とくに帯文の言葉をどうするかに苦労したのは懐かしい。かなり気に入っている。
「自己の生き方を探らんと欲する者に、漱石を読み解いたこの書物を奨む」
完売できたのは、この帯のおかげかもしれない。それほど題名と帯文には神経を使う。
「自己の生き方を探らん云々」、実は漱石の言葉をなぞったものである。
漱石は『こころ』を刊行するにあたり、出版社から宣伝文を相談された時、次の言葉を提案した。
「自己の心を捕へんと欲する人々に、人間の心を捕へ得たる此作物を奨む」
すごい言葉だ。精魂込めて書き上げた自信作の『こころ』を世に出すに相応しい宣伝文だったと思う。
最近、漱石の代表作はやはり『心』だと思うようになった。