読書逍遥第119回 『フランシス・クリック 遺伝暗号を発見した男』マット・リドレー著
冨田鋼一郎
有秋小春
飛ぶ蛍あれといはむも一人かな
「あれと」
思わず口を衝く。蛍を見つけたら、「あっ、蛍だ!」と叫ぶだろう。しかし、いつもの連れがいないのだ。現場での一瞬の高揚感が、瞬く間に寂寞感に転じてしまう。いつもの連れがいないことに気付かされ、この時ばかりは蛍を恨む気持ちになる。
これも、助詞「と」の効果が大きい。
太祇の「蛍」句には、ほかにこんなのがある。
うつす手に光る蛍や指のまた
艶のある句だ。「指のまた」からは、20世紀を代表するポートレートカメラマン、ユーザフ・カーシュの撮ったヘレン・ケラーの手を思い出す。
カーシュは、彼女の視覚と聴覚は、両手の間から漏れて輝く光からもたらされたと、コメントしている。