読書逍遥第141回 『地図で見るロシアハンドブック』
冨田鋼一郎
有秋小春
新井白石、杉田玄白、平賀源内、司馬江漢、小田野直武、谷文晁、渡辺崋山、福澤諭吉、西周、吉田松陰、栗本鋤雲、岩倉具視らを共感をもって採り上げて、「トクガワジャパン」から明治維新へ、鎖国から異文化遭遇、近代国家建設へと突き進む時代を活写する。
上巻「静止から運動へ」、下巻「夷狄の国へ」。
数十年にわたる論文を通覧できるよう一纏めにした各冊400ページを超す大作。
同時代的比較の視点を忘れずに、思想・文芸・美術を広く漁り、思索を重ねて、感動を交えて語ることで、「歴史は生きて私たちを動かすものとなる」。
今回、福澤諭吉の文体の魅力についての個所が目についた。
とくに「故大槻盤水先生五十回追遠ノ文」(明治9年)は、声を出して読まなくてはいけない!
若々しくピチピチと躍動する文章に接してこちらの心までワクワクしてくる。
日本近世の文芸・美術に興味を抱いたのは、先生の影響が非常に大きかったと思う。
2012年、芳賀先生が静岡県立美術館館長でおられたころ、崋山の掛軸をご覧いただいたことを懐かしく思い出す。
館長室の壁に軸を掛けると、革靴のまま絨毯敷の床にしゃがみ込み、じっと見つめておられた。飾らないお人柄そのままだった。
ランチをご一緒しながら、崋山、蕪村や漱石の話に花が咲いた。今取り組んでいるテーマは何かと伺うと、漱石「永日小品」。
まだ十分に論じ尽くされていないからとのこと。
自ら課題を見つけて、成果を公表してゆく。老後の過ごし方の模範がここにもあった。
先生から「何かお書きになったら」と思いがけないことを言われた時は、「自分なんかとんでもない」と思ったものだが、今では三冊の本を出している。先生のあの一言が導いてくれたのかと思う。
自分も思い出話が多くなったなと感じる。