読書逍遥第174回 『美(うるわ)しきもの見し人は』堀田善衛著
冨田鋼一郎
有秋小春
兼好や徒然草に関する書籍は、世に汗牛充棟だ。だが、本書はいささか趣きを異にする。
長年の研究の集大成であると同時に、わが身に引きつけた思索が渾然一体となった好著だ。
専門の先生方の学術論文は、研究対象から自分を引き離して、客観的に処理する。得てして無味乾燥になりがちだ。
本書は違う。
「徒然草を読んでいると、いつもモーツァルトが聴こえてくる。この無比な清新さが、モーツァルトと兼好の身上である」
ぴちぴちとした躍動感溢れる指摘は、芳賀徹先生の薫陶を受けたと思しき個所だ。先生ファンのひとりとして微笑ましい。
一貫して兼好の魂に肉薄すべくひざ詰め談判する態度には緊張感がみなぎって、読者をズンズン引き込んでいく。
「読書と思索と執筆こそが、兼好という一人の人間を構成する三要素」とする著者は、その生き方に共感し、自分もこれに追随したいと願っているのだろう。
これから長らく本棚に並べておくだけだった本を見直し、丁寧にメモを取りながら、一期一会の気持ちで手にしていこう。今回逃したら、二度と手にすることはないとの思いだ。