読書逍遥第148回 『江戸後期の主人たち』富士川英郎著
『江戸後期の主人たち』富士川英郎著
富士川英郎先生(1909-2003)は、ドイツ文学(とりわけ詩人リルケ)専門家。
先生が一躍世に知られるきっかけとなった本が、この『江戸後期の主人たち』1966だ。
それまでほとんど閑却されていた江戸漢詩の世界を世紹介したことで、驚きをもって迎えられた。
菅茶山、亀田鵬齊、田野村竹田、篠崎小竹、大槻盤渓などなど。
専門外の先生が何故。その経緯はあとがきに述べられている。
専門外の事柄について、自らの興味に従ってコツコツと調べていくうちに1つのまとまりとなり、成果として結実する。
富士川英郎先生の後半生の生き方は、人生晩年の生き方として理想的だなぁと感心してしまった。
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(本書のいきさつ)
江戸後期、つまり安永・天明の頃から幕末に至る約100年間の漢詩文の変遷を記述したものである。
私が、この江戸後期の詩史のようなものを書こうとした動機は、いわば個人的なものであった。
私はかねてから森鴎外の史伝を愛読し、そのうちでも『伊沢蘭軒』に最も惹かれてくり返して、これを読んでいた。
周知の通り、この史伝の前半部には、その主要な人物として菅茶山が姿を表しているが、私はそれを読んでいるうちに、茶山に次第に興味を覚えて、彼の生涯や詩についてももっと詳しく知りたいと思うようになった。
そして茶山の詩集を手に入れて、ほぼ彼の詩風を知ることができた。が、次にはそのような茶山が出現するまでの江戸時代の流れや、以後のその移り行き、つまり茶山の詩の前後左右を極めようとして、いろいろな詩人のいろいろな詩集を広く読み漁っているうちに、いつの間にか、江戸後期の詩史の大体の見取り図のようなものが、私の中に出来上がってしまっていたのである。
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そして晩年に富士川英郎先生は、森鴎外『伊沢蘭軒』に匹敵する重厚な伝記『菅茶山』をかきあげる。
一度でいいから謦咳に触れたかった先生のひとり。見事な文人の生涯だった。