骨董品

雛屋立圃筆「休息歌仙人丸像」自画賛幅

冨田鋼一郎

花にゑひとまるこてふや夢の舞  立圃書 印「松翁」
立圃書 印「松翁」

「花に酔い留まる胡蝶や」のなかに、「ひとまる(人丸)」が掛詞として埋め込まれていることに気づく。

『十八番花月之句合』巻頭の一番右の発句。絵巻の巻頭句と画を独立させたもの。

脇息に寄りかかる絵の翁は、柿本人麻呂(662-710)。烏帽子を脇に、据わっている。あまりに見事な桜花に、羽をひらひらさせていた蝶も一休み。花に酔ってしまったのだろうか。これこそ幻想的な夢の舞いだった。しかし、桜に酔ってしまったのは蝶だけでなく、この自分もそうだ。うつつではなく、夢の中にでもいるような陶酔感。

ここには花も蝶も描かれていないが、鑑賞するものには、この句から桜花と蝶の舞いを感じとることができる。句と画が風趣で調和して、イメージが大きく広がってくる。

柿本人丸の絵姿は、影供の本尊として中世を通じてさかんに制作されてきた。和歌の神として祀られたので、烏帽子をかぶり、歌の構想を練るかのような威厳のある姿で共通している。この休息歌仙では、烏帽子を取り、上着を脱いで脇息によりかかってくつろいでいる。王朝のみやびを日常卑近な光景に置き換えたおふざけ。歌仙絵のパロディ。

『十八番花月之句合』は、「三十六歌仙休息歌仙」「休息句合」などさまざまな題名で、立圃自筆のものが数多く伝存する。立圃代表作というにとどまらず、俳画の出発を記念する作品である。 

一文字の裂は、さまざまなサイズ、色と織りの模様とを取り合わせたはなやかなもので、表装として工夫がこらされている。

柿本人麻呂
・あしひきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む
・東の野のかげろひの立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ

類似句

うつヽなきつまみごヽろの胡蝶(こてふ)哉  蕪村

美しく可憐な蝶を、痛めぬようにソッとつまんだ指先の、物をつまんだとも思えぬ夢のように不確かな感触。―「荘子があだに見し夢の、胡蝶の姿うつつなき」(謡曲・胡蝶)
カフカの『変身』に出てくるような幻想的な世界だ。

雛屋立圃(ひなや りゅうほ1595-1669)

本名野々口親重。雛屋、紅粉屋とも呼ばれた。別号、松翁。俳画の元祖と言われている。

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冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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