王安石「月移花影上欄干」と蕪村「月光西にわたれば花影東に歩むかな」
王安石(1021-1086) 北宋の政治家、詩人。唐宋八代家の一人。
北宋・南宋時代は、中国におけるルネサンス時代、ベル・エポック(良き時代/美しき時代)とも言われる。
「夜直(やちょく)」王安石
金爐香尽漏声残
翦翦軽風陣陣寒
春色悩人眠不得
月移花影上欄干
金炉(きんろ)の香尽き漏声残る
翦翦(せんせん)たる軽風陣陣に寒し
春色人を悩まして眠り得ず
月は花影を移して欄干に上らしむ
金の香炉の香は燃え尽き、水時計の音も弱弱しくなってきた。
そよ風が吹いては止み吹いては止みして、肌寒い。
春が近いことを感じ悩ましくて眠れない。
さっきまで地面にあった花の影が、月の位置が移ったため欄干に上ってきた。
☆☆☆
微妙な春の夜の時の流れ。
繊細な心、優雅な人柄が偲ばれる。
詞藻を肥やすため若くから漢詩を読み込んでいた蕪村は、「月移花影上欄干(月は花影を移して欄干に上らしむ)」の一節を念頭に、
⭕️月光西にわたれば花影東に歩むかな
平安夜半翁蕪村
と詠んだ。
漢文・漢詩のもろこしを憧憬しながらも、俳諧も捨てたものではないぞと、我がひのもと意識を失わなかった証がここにもある。
「鳳凰䑓上に李白あり、太秦寺前に蕪村あり」(牛祭句文)と、日のもとの自分を唐土の大詩人、李白と対峙させてみせた蕪村。強い自意識は相当なものだ。
鍾山即事 <王安石>
澗水無声繞竹流
竹西花草弄春柔
茅簷相對坐終日
一鳥不啼山更幽
澗水声無く 竹を繞って流る
竹西の花草 春柔を露す
茅簷相対して 坐すること終日
一鳥啼かず 山更に幽なり
かんすいこえなく たけをめぐってながる
ちくせいのかそう しゅんじゅうをあらわす
ぼうえんあいたいして ざすることしゅうじつ
いっちょうなかず やまさらにゆうなり
意味
谷川の水は音もなく静かに竹の林の間をめぐって流れている。
その竹の林の西には花や草が春の柔らかさを表し、のどかである。
茅葺の軒下で鍾山に向かいあって一日中座っていると、鳥の鳴き声も聞こえず、山はいよいよ静かである。
人生の中で最も素晴らしい晩年の月日を送る。充実した晩年、よき晩年。高士としての安石をつくりあげる。
人生は、こんな一日のためにあると思える。
王安石ゆかりのニ都、汴京と南京。