読書逍遥第311回『文明の主役 エネルギーと人間の物語』(その9) 森本哲郎著 2000年発行
冨田鋼一郎
有秋小春
父は、中支に出征後、再度フィリピンに中隊副官として従軍した。最初から敗走に次ぐ敗走だったという。
昭和19年父29歳、そこで俘虜となり、収容所内で外科医山田淳一氏主宰短歌会に第一回から参加した。初めての短歌は生涯の趣味となった。
短歌会が始まった経緯が書かれている。
収容所の環境が、飢餓状態に近い食糧事情、監禁状態という戦犯容疑者の二重檻、戦犯裁判の急テンポの進展で有罪処刑の増加などから精神異常が多く発生した。
著者は外科医だが、中隊医務係で精神科も担当され、短歌会と俳句会を提案したとある。
父が当時手放さなかった藁半紙を紙紐で束ねた5センチ四方の手帳がある。短歌を鉛筆で書き記したものが残っている。
本書に掲載されている父の短歌9首は次のとおり。
⭕️サントーマスの山に斃(たお)れし当番の汝は逝けり昨年の今日はも
⭕️敗戦の験(しるし)日に日に高まりて俘虜の生活(たつき)の身につく悲しさ
⭕️言わずとも念(ねがい)は同じされど俘虜想い想いに今日を祝ぐなり
⭕️かにかくに根下したり幹折れしトマトの今朝は湿いて立つ
⭕️大君の御幸子おろがみ嫗泣くとニュース出で居り繰返し読む
⭕️祖国ゆ来し悲しき新聞に人の世の情けの記事ありそれを切り抜く
⭕️戯れに習いて編みし靴下を家族(うから)に見せて語らう日何時
⭕️陽炎の揺ぎ初めたる朝にしてサイレン常より遠く聞ゆる
⭕️語らいも絶えて幕舎のとばり濃く遠鳴るモーターただに波うつ
習い始めなのに、よくここまで作れたものだと驚く。
生死をかけた日々のことであり、短歌のトーンは非常に暗い。今読み返しても胸が痛む。