読書逍遥第280回『回想 小林勇』
冨田鋼一郎
有秋小春
菜の花や月は東に日は西に 蕪村
菜の花の季節になった。コロナ禍で世の中騒然としてるが、季節は巡ってくる。
一面黄色の絨毯、早春の薄曇りの空の色とのコントラストが鮮やかだ。東西の両極を取り込んだことで、広大な空間と奥行きを捉えることに成功した。僅か十七文字の短詩であっても自在さを見てとれる。
蕪村は、漢詩に学んだ対句的表現が多い。東西南北を取り込んだ句はほかにもある。
梅咲くや南すべく北すべく 蕪村
探梅の楽しみ。さて今日はどっちへ出掛けるとするか。
西吹けば東にたまる落ば哉 蕪村
北吹ば南あはれむ落ば哉 蕪村
何か人生の寓意か、禅問答めいて
月光西にわたれば
花影東に歩むかな 蕪村
俳諧の自在を問われてこんな句も作った。
広い世界を見据えるのは、蕪村だけではない。豪放磊落、其角にもこんな句がある。
いなづまやきのふは東けふは西 其角
上田秋成が蕪村の訃報に接して
かな書きの詩人西せり東風吹て 無腸
このように日のもとの俳諧の自在さは、世界に誇れる世界遺産だ。