読書逍遥

読書逍遥第124回 『クレイグ先生』(漱石『永日小品』より)

冨田鋼一郎

『クレイグ先生』(漱石『永日小品』より)

クレイグ先生は、漱石がロンドン留学中に親しく教えを受けたシェイクスピア研究家。

「クレイグ先生は燕のように四階の上に巣をくっている。」

「先生の得意なのは詩であった。詩を読むときは顔から肩の辺りが陽炎のように振動する。」

クレイグ先生にとって〈青表紙の手帳〉は大切な宝物。
「青表紙の手帳を約十冊ばかり並べて、先生はまがな隙がな、紙片(かみきれ)に書いた文句をこの青表紙の中へ書き込んでは、吝坊(けちんぼ)が穴の開いた銭を畜めるように、ぼつりぽつりと殖やして行くのを一生の楽しみにしている。この青表紙が沙翁字典の原稿であると云うことはすぐに知った。、、、先生の頭のなかにはこの字典が終日、槃桓磅礴(ばんかんほうはく)しているのみである。」

「じゃいつ出来上がるんですかと尋ねてみた。いつだか分かるものか、死ぬまでやるだけの事さ」と先生は言った。

→シェイクスピア研究に打ち込む。完成しようがしまいが頓着しない。イギリスには、クレイグ先生のような玄人はだしのアマチュアが大勢いるそうだ。ひとつの充実した余生の送り方だと思う。

漱石さんにとって、クレイグ先生のような生き様は、印象深く残ったはずだ。残念ながら漱石には余生そのものを得られなかった。

翻って、自分はどうなのか?

手当たり次第食い散らかしている自分は、いったい何をしているのだろう。

我を忘れるほど没頭しているものはあるのか?未だに見つからない。

思案にくれている。

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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