第66回『炭太祇(たんたいぎ)の句 その6』
太祇と蕪村の「春風馬堤曲」
やぶ入の寐るやひとりの親の側(そば)
太祇
この句は、「君知るや、古人太祇が句」との前書き付きで蕪村の新体詩「春風馬堤曲」の末尾を飾る。
「春風馬堤曲」は、安永六年(一七七七)刊の「夜半楽」に所収。
帰郷する藪入り娘に仮托して、自らのやるかたない郷愁を示した抒情的作品。発句・楽府体・漢文訓読体等の一八首を連結し、最後を太祇(他人)の藪入りの句で結ぶ。
安永3年は、年奇しくも太祇の七回忌にあたる。
すでに江戸時代にこのようなロマンに溢れた近代的、西洋的な詩が書いていたことに驚く。
蕪村は、和漢の古典に通じていただけでなく、時代を先取りしたかと疑うほど近代的だ。
余一日問耆老於故園。渡澱水過馬堤。
偶逢女歸省郷者。先後行數里。相顧語。
容姿嬋娟。癡情可憐。
因製歌曲十八首。
代女述意。題曰春風馬堤曲。
○やぶ入や浪花を出て長柄川○春風や堤長うして家遠し○堤ヨリ下テ摘芳草 荊與蕀塞路
荊蕀何妬情 裂裙且傷股○溪流石點々 踏石撮香芹
多謝水上石 敎儂不沾裙○一軒の茶見世の柳老にけり○茶店の老婆子儂を見て慇懃に
無恙を賀し且儂が春衣を美ム○店中有二客 能解江南語
酒錢擲三緡 迎我讓榻去○古驛三兩家猫兒妻を呼妻來らず○呼雛籬外鷄 籬外草滿地
雛飛欲越籬 籬高墮三四○春艸路三叉中に捷徑あり我を迎ふ○たんぽゝ花咲り三々五々五々は黄に
三々は白し記得す去年此路よりす○憐みとる蒲公莖短して乳を浥○むかしむかししきりにおもふ慈母の恩
慈母の懷袍別に春あり○春あり成長して浪花にあり
梅は白し浪花橋邊財主の家
春情まなび得たり浪花風流○郷を辭し弟に負く身三春
本をわすれ末を取接木の梅○故郷春深し行々て又行々
楊柳長堤道漸くくだれり○嬌首はじめて見る故園の家黄昏
戸に倚る白髮の人弟を抱き我を
待春又春○君不見古人太祇が句
やぶ入の寐るやひとりの親の側