読書逍遥第205回 『マルガリータ王女の肖像』柳澤一博著
冨田鋼一郎
有秋小春
鞭の影が
地図の上に
のびたりちぢんだりする先生の声がとぎれると
虫の音が部屋にみちてくる学問のたのしさ
そしてまた何というさびしさ本の上に来て
『晩夏』より
髭をふる
しべりあの地図より青いすいつちよよ
秋の夜の教室。
すいつちよの鞭(むち)が「のびたり縮んだり」するのに気をとられる。
先生の話がとぎれると、草むらにすだく虫の音が教室に満ちてくる。
勉強机には地理の授業なのかシベリアの地図を開いている。
開いてはいるが、シベリアより青いすいつちよに気をとられる。
学問のさびしさに堪へ炭をつぐ 誓子
誓子のように学問の「さびしさ」だけでなく、この夜学生は学問の「たのしさ」をあわせて知っている。
いったいどこまで勉強すればいいのだろうというあてどない不安と同時に、青いすいつちよに見出すのはささやかな希望。
一途で明るい素直な夜学生だ。