読書逍遥第111回 『生きるとは、自分の物語をつくること』『記憶の科学』
冨田鋼一郎
有秋小春
我々が知っている宇宙で最も複雑なシステムである人間の「脳」について、ここまで理解が進んでいることを知って感慨深い。
人間の脳はこの世に基本な構造だけの「未完成」の「生焼け」状態で生まれ、あとはそれぞれの人の「経験」が脳を作りあげていく。
経験に学びながら自らの回路を最適化させ続ける。
この柔軟でダイナミックな人間の脳の仕組みが他の動物と違うところ。
「人は誰しも大勢の人間の中のひとりとして生まれ、たったひとりの人間として死ぬ。」
(マルティン・ハイデッカー)
とかくこの世に「自分」と「世界」は別個にあると考えがちだ。
しかし、あなたという人間は、生を受けてからこれまで相互作用してきたすべての中から立ち現れてくる。
置かれた環境、経験、友人、ライバル、文化、信念、時代。
あなたが何者かはその全てによって決まる。
外の世界からの影響なしに「自分」など存在しない。
自らの信念、主義主張も、切なる願いも、何から何まで外の世界によって形作られている。
ちょうど大理石の塊から彫像が削り出されるように。
私たち一人ひとりがかけがえのない世界なのだ。