読書逍遥第207回 『南蛮の道』司馬遼太郎著
冨田鋼一郎
有秋小春
本書は、4年前に60代の10年間の教師体験に基づいて書いたものです。
これまで人前で話すことが苦手だと出来るだけ避けてきた私が、60歳になって大学の教壇に立つことを引き受けたのは何故だろう。
まだ知らない自分に出会えるかもしれないという期待だったと思う。
人前で話すことは緊張を強いられる。そんな時バートランドラッセル『幸福論』に出会った。彼も若い頃緊張のあまり、足が骨折して講演中止になればいいと思ったそうだ。
彼が見つけた知恵とは、「うまくいこうが失敗しようが、世の中が変わるわけではない。要するにたいしたことでないのだ」という開き直り。勇気づけられた。
担当は全学部必須のコア講座。既成テキストのない講座だ。
毎回手作りのレジュメを配布する。授業後リアクションペーパーを回収する。改善を重ねてあっという間の10年間、3000人を越える学生が目の前を通り過ぎていった。
彼らの期末感想文は私の宝物になった。
教壇で教えるフリをしてはいるが、実は一番学んでいるのは自分自身なのだな。 引き受けて良かった。
70歳になって初めての本『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』を出した。漱石を切り口にしてはいるが、自分が生きた証でもある。
今、相手を変えて社会人向けに手作りの講演をしているのは、その延長線上にある。
これまでの15年間は自然な成り行きだったような気がする。