小林勇(その4)随筆「恥」(『小閑』より)

私は小林勇の身辺エッセイが好きだ。自分の気持ちを正直に書く
今回のエッセイ「恥」は、少年時代の思い出をふたつ紹介。はやくも彼の人柄はここに現れている。恥ずかしい出来事を躊躇なく書き留めるところにも彼の個性が透けて見える
終生、ペンと絵筆を手放さなかった。どちらも自己表現の手段だったのだ
鎌倉の自宅で静かに原稿や画紙に向かっているときの心持ちがエッセイにもよく表れている
一人でいても心豊かな時間を過ごした
『小閑』の中からいくつか書き留めておいたものをシリーズでここに載せる
[めばる] 小林勇
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「恥」 小林勇
私は子供の頃十一人という大家族の中で育った。或る日の夕飯の時、鳥鍋が出た。大きな鍋一杯に炉で、野菜と一緒に煮たものである。
私はそのご馳走に興奮していた。父が苦々しい顔をして私に『うまいものは誰でもたべたいのだ。人のことを考えなくてはいかん』と言った。
私はがくぜんとして、食事が出来なくなった。兄達は、私が父に叱られてすねたと思ったらしい。母は慰め顔をして、さあおあがりと言った。その声を聞くと私は泣き出した。このことは私を長く苦しめた。
小学校の頃私は腕白であった。いつも威張っていなければ気のすまない、負けぬ気の少年であった。私にはすべてのことが勝ち負けであった。それは気の弱い、神経質な少年の不幸であったように思われた。
私の育った伊那の谷は、東は南アルプス連峰、西は中央アルプス連峰の谷間である。春と秋には遠足があった。高津谷という山へ同級生と一緒に先生に連れられて行った。山は美しい紅葉であった。小さな山だが頂上の眺めはよい。自分達の村が眼下にひらけている。
山の片側は短い草に覆われていた。私たちは松の枝を尻に敷いてその斜面をすべって遊んでいた。一人の仲間が上の方から駆け下りて、勢いがついて止まらなくなった。アッという間に彼は弾丸のように駆け下りてゆく。見ていた友達は恐ろしくなって、木につかまれと叫んだ。走りながら木の枝を掴むと彼はもんどりを打って倒れ、そのまま谷底に転がっていった。
多勢の友達や先生が彼の後と追った。その時私は一人、安全な頂上の方へ駆け上がったのである。怪我をした友達は間もなく先生に負われて帰って来た。
私には思わぬ時に顔を出して、私を苦しめる恥ずかしい思い出がある。この二つもそれである。肉体の苦痛は過ぎればすぐに忘れてしまうが、心に刻まれたことは消えないものだとつくづく思う。