長田弘の詩「最初の質問」
長田弘 (おさだひろし1939-2015)
今日あなたは空を見上げましたか。
空は遠かったですか、近かったですか。
雲はどんな形をしていましたか。
風はどんなにおいがしましたか。
あなたにとって、いい一日とはどんな一日ですか。
「ありがとう」という言葉を今日口にしましたか。
窓の向こう、道の向こうに、何が見えますか。
雨の滴をいっぱいためたクモの巣を見たことがありますか。
樫の木の下で、あるいは欅の木の下で、立ち止まったことがありますか。
街路樹の木の名前を知っていますか。
樹木を友人だと考えたことがありますか。
この前、川を見つめたのはいつでしたか。
砂の上に座ったのは、草の上に座ったのはいつでしたか。
「美しい」と、あなたがためらわず言えるものは何ですか。
好きな花を七つ、挙げられますか。
あなたにとって「わたしたち」というのは、だれですか。
夜明け前に鳴き交わす鳥の声を聴いたことがありますか。
ゆっくりと暮れていく西の空に祈ったことがありますか。
何歳の時の自分が好きですか。
上手に年を取ることができると思いますか。
世界という言葉で、まず思い描く風景はどんな風景ですか。
今あなたがいる場所で、耳を澄ますと、何が聞こえますか。
沈黙はどんな音がしますか。
じっと目をつぶる。すると何が見えてきますか。
問いと答えと、今あなたにとって必要なのはどっちですか。
これだけはしないと心に決めていることがありますか。
いちばんしたいことは何ですか。
人生の材料は何だと思いますか。
あなたにとって、あるいはあなたの知らない人々にとって、
幸福って何だと思いますか。
時代は言葉をないがしろにしている。
あなたは言葉を信じていますか。
平易な言葉でつづられた何気ない質問の数々。どれも魂に問いかけるような大切な質問ばかり。
ひとつひとつの問いを読み進めていくうちに、答えてみようと試みながらも、すぐに答えがみつけられなくて戸惑う自分に気付く。
これまで何か別のことにとり紛れて、蔑ろにしてきてしまったのではないか。
生きるって素晴らしいと思えるかどうか。今からでも遅くない。これらの「最初の質問」への答えを見つけ出そうとすることにこそ生きる意味がある。
かぎりある命のひまや秋の暮 蕪村
[ガザニア]
[ルピナス]