作品・本・人物紹介

漱石『それから』

冨田鋼一郎

漱石さんの『それから』から二つ抜粋してみた。
筋とは直接関係のない個所だが、どれも味わい深い文章だ。

洋灯(ランプ)、蚊帳、刳抜盆、兵児帯、紺絣、蝙蝠傘、肉刀(ナイフ)、肉匙(フォーク)、燐寸、馬鈴薯(ポテトー)等の明治の生活雑貨。

懐かしいアナログ道具に囲まれて、貧しくとも心豊かな暮らしが至る所に散りばめられている。

赤色を伏線として、白百合の香りと雨音が伴奏していくストーリーはともかく、何気ない文章を味わうために本を繰っている。

(抜粋1)
「代助はちょっと話を已めて、梅子な肩越に、窓掛の間から、奇麗な空を透かすように見ていた。遠くに大きな樹が一本ある。薄茶色の芽を全体に吹いて、柔らかい梢の端が天に接(つづ)く所は、糠雨で暈されたの如くに霞んでいる。」

(抜粋2)
「代助は机の上の書物を伏せると立ち上がった。縁側の硝子戸を細目に開けた間から暖かい陽気な風が吹き込んで来た。そうして鉢植のアマランスの赤い弁(はなびら)をふらふらと揺(うご)かした。日は大きな花の上に落ちている。代助は曲(こご)んで、花の中を覗き込んだ。やがて、ひょろ長い雄蕊の頂きから、花粉を取って、雌蕊の先へ持って来て、丹念に塗り付けた。」

細部にまで手を抜かない漱石さん。

この写真は、手動アナログ「日めくりカレンダー」 。
40年ほど前にロスアンゼルスのガラージセールで手に入れた。いまだに机上で健在だ。

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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