日々思うこと

小日向の本法寺

冨田鋼一郎

境内には漱石句碑がある。

⭕️梅の花不肖なれども梅の花 漱石

本法寺は漱石の菩提寺とあるが、正式には夏目家の菩提寺である。自身の墓はここではなく、雑司ヶ谷墓地。

おそらく、生前に本法寺とは関係がこじれてしまったのではないか。

看板には、「坊ちゃん」に登場する「清」の墓もここにあるとあるが、実在しない清には墓はない。

ことの経緯はそうではない。
漱石の強い想いは、小石川(いまの千駄木)にある「養源寺」にあったはずである。現存する名刹だ。

「坊ちゃん」の自筆原稿によれば、小説末尾の最初の原文は、
「だから清の墓は、小石川の養源寺にある」であった。

しかし、この寺は小石川に実在し、実在しない清をここに眠らすわけにいかない、と気づいて、地名だけを「小石川」から「小日向」に変更した。

それは、原稿の「小石川」を二本線で消して、小日向に変更しているので分かる。

いっそのこと寺の名前を変更すれば済む話であるが、「養源寺」には畏友の米山保三郎の墓があり、どうしてもこの「養源寺」の名前だけは残しておきたかった。

窮余の策として、夏目家の菩提寺のある「小日向」の地名を使って架空の養源寺をでっち上げることになった。

これが真相であろう。

⭕️坊ちゃんの末文忘れず下女清を呼びてもみたし小日向台町 修平

⭕️坊ちゃんの養源寺モデルは何れなる寺々並ぶ小日向台町 修平

父の残した短歌に、清の墓を小日向で探したが見つからなかったというのがある。

今なら、僕が見つからない訳を説明してあげることができる。

漱石の小説にはこの種の小さなたくらみを忍び込ませた。作家漱石のささやかな遊び心の表れである。

境内には桃の花が咲き乱れていた。

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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