標高千メートル
冨田鋼一郎
有秋小春
エノキの樹はケヤキや銀杏とは違い普段は目立たない。
しかし、四季を通してさまざまな変化をみせる。
初夏の若葉のころ、葉が縦横に生い茂る夏、黄葉し茶褐色の小さな実をたくさんつける晩秋、そして落葉。この木は、定点観測するにふさわしい。
ケヤキが箒のように、太い枝を上に向かって伸ばすのと違い、エノキはもっと横方向にも太い枝を伸ばし、「こんもり」とした樹形となる。
エノキは、夏に木陰を作るので「榎」。和製の造語だそうだ。
江戸時代、街道沿いの一里毎にエノキを植えた。一里塚での旅人の出会いと別れ。また、一休みするに格好な木陰を提供する。
⭕️ 春をしむ人や榎(えのき)にかくれけり 蕪村
(蕪村全集解釈)
行く春を惜しんで郊行を楽しむ人の姿が、夏の木、すなわち榎の陰に隠れて見えなくなった。もう半分夏の世界の人となったらしい。
この句中の人は見かけた人か、それとも自分自身なのか?
「榎」の夏に隠れる。文字にも興味を持ち、言葉に遊ぶ蕪村。