松村呉春筆「蕪村早春の五句」
冨田鋼一郎
有秋小春
龍之介は「眼に見えるような文章が好きだ」と、文体にも注意していた。これは師の漱石受け継いでいたこと。
短編『蜜柑』から幾つか抜粋。心の機微に触れる描写に注目。
「いいようのない疲労と倦怠とがまるで雪曇りの空のようなどんよりとした影を落としている」
「ようやくほっとした心もちになって巻煙草に火をつけながら始めて懶い瞳をあげて、、、」
「窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢いよく左右に振ったと思うと、たちまち心を躍らすばかり暖な日の色に染まっている蜜柑がおよそ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降ってきた。」
「私は思わず息を呑んだ。そうして刹那に一切を了解した。小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。」
「私の心の上には、切ないほどはっきりと、この光景が焼き付けられた。そうしてそこからある得体の知れない朗らかな心もちが湧き上がってくるのを意識した。」
「私はこの時始めて云いようのない疲労と倦怠とを、そうしてまた不可解な下等な退屈な人生を僅かに忘れることが出来たのである。」
⭕️春風や堤長うして家遠し 蕪村
⭕️薮入りや浪花を出て長柄川 蕪村
⭕️薮入りの寝るやひとりの親の側(そば)
太祇
初版の芥川龍之介全集は昭和初期、岩波書店発行全7冊。
大部だが木版画の見返し・和紙の製本と非常に凝っていた。