松村呉春筆「蕪村早春の五句」
冨田鋼一郎
有秋小春
人の表情はその人がどのような性格なのかの理解を助けてくれる。
肖像なしには、その人物の事跡や文献をいくら知っても、どこかぴたりと焦点が結ばない気がする。
渡辺崋山と与謝蕪村の人物画を並べてその共通点を見ることにしよう。
まず崋山の「佐藤一斎像稿」(『定本渡辺崋山』郷土出版社より)。
文化4年(1807)の作。何という迫真性!実際にこのような人物と出会ったと錯覚しそうなの面貌。
目つきが鋭く、狷介固陋でどこか疑い深い性格の人物のようだ。
では、宝暦時代の若き蕪村が描いた「李鉄拐(りてっかい)と蝦蟇仙人図」の李鉄拐の顔はどうか。
李鉄拐は、中国に伝わる仙人で、魂を身体から自由に着脱する術を使う。
蕪村は、崋山より半世紀以上も前に、このような肉感的な表情を描いていたことに驚かされる。
日本における近代絵画は、崋山や司馬江漢あたりからと言われているが、「李鉄拐」の顔を見ると、あるいは蕪村が嚆矢だと思えてくる。
「真(まこと)を写す」。蕪村も崋山も人の内面まで肉薄しようとした。ただ美しく描くことではなかった。