文京区立森鴎外記念館情報
冨田鋼一郎
有秋小春
これまで漱石作品の中で一番好きなものは?と聞かれた時、『吾輩は猫である』と答えていた。
『こころ』は、教科書に採り上げられているにもかかわらず、登場人物が少ないし、「なんて暗い小説なのか」程度の印象だった。
今回、色鉛筆を手に読み返した。
著者が頭をフル回転させながら、理路整然と心理の機微に迫っていく描写はサスペンスさながらだ。
うーん。漱石さんはそれこそ命を削って書いてくれたんだ。
「漱石の最高傑作は『こころ』」だという主張が分かりかけてきた。
冒頭、「私はその人を常に先生と呼んでいた」で始まる。漱石さんこそ偉大な「先生」だ。
漱石が読者に伝えたいことは、次の一行に尽きている。
「私(先生)は暗い人世の影を遠慮なくあなたの頭の上に投げかけてあげます。しかし恐れてはいけません。暗いものをじっと見つめて、そのなかからあなたの参考になるものをおつかみなさい」
主人公の「私」は、その後どのような人間的な成長を遂げていくのだろうか。
宇宙(世界)が果てしないように、(自分の)心も広く深く底知れない。
「世界」と「自分」は一生かけて探検するに値する二つの大きな宇宙だと思う。