日々思うこと

夏目漱石『文鳥』

冨田鋼一郎

達意の文章

家に届いた文鳥を観察し、
「瞼(まぶた)の周囲に細い淡紅色(ときいろ)の絹糸を縫いつけたような筋が入っている」

「細長い薄紅(うすくれない)の端に真珠を削ったような爪」
このような視覚的な表現があったかと思うと、

「文鳥は嘴(くちばし)を上げた。咽喉の所で微かな音がする。また嘴を粟の真中に落す。また微かな音がする。その音が面白い。静かに聴いていると、丸くて細やかで、しかも非常に速やかである。菫ほどな小さい人が、黄金の槌で瑪瑙(めのう)の碁石でもつづけ様に敲いているような気がする」
このような聴覚的表現が続く。思わず引き込まれてしまう透明な文章!

 菫ほどな小さな人に生れたし 漱石

物事をよく観察した上で、豊富な語彙を駆使し描写する。漱石の文章の巧みさは、叙景であれ、仕草や心理であれ、形容表現が巧みなこと。場面が変わる幕間など細部に至るまで手を抜かない。

漱石の50年間、ほんとうに頭が回転し続けた人生だった。

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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