古今俳句短冊帖(歳旦および春、夏、秋、冬)
冨田鋼一郎
有秋小春
千賀の塩窯・若の浦ハ、異国の
八景にもまさらんといへ共、名にし
おふ都あたりの花さかりに、道俗
男女打まじりて、けふもけふもと
ながめくらし、うたひまふ袖の
色色ハ、花よりもなを見物也。
これにまさる所、又いづくにか
あらん。漸散がたになれば、春雨の
ふるハなみだかとおしめる人の
心、ことハりせめてにくからずこそ
瀟湘(しょうしょう)の夜るハ物かは花の雨 立圃書 印
紀伊の国和歌の浦の景色は、もろこしの八景にも勝るとも劣らない。
都のさくらの満開の時期に、出家も俗人も、男も女も混じって見事な桜を愛で暮らし、踊り歌う袖の色も色とりどり、花に劣らす見ものである。こんな素晴らしい場所がほかにあるだろうか。
花がようやく散る頃になると、花を散らしてしまう無常の春雨は涙かもしれない。花を惜しむ心は誰もが抱くものよ。
瀟湘(しょうしょう)の夜だというのに遠慮なく花を散らす雨が降ることよ
「瀟湘八景(しょうしょうはっけい)」八種の風景。
平沙落雁(へいさらくがん)
秋の雁が鍵になって干潟に舞い降りてくる風景 遠浦帰帆(おんぽきはん)
帆掛け船が夕暮れに遠方より戻ってくる風景 山市晴嵐(さんしせいらん)
山里が山霞に煙ってかすみ見える風景 江天暮雪(こうてんぼせつ)
日暮れの河の上に舞い降る雪の風景 洞庭秋月(どうていしゅうげつ)
洞庭湖の上にさえ渡る秋の月 瀟湘夜雨(しょうしょうやう)
瀟湘の上に夜もの寂しく降る雨の風景 煙寺晩鐘(えんじばんしょう)
夕霧に煙る遠くの寺より響いてくる晩の鐘の音 漁村夕照(ぎょそんせきしょう)
夕焼けの中のうら寂しい漁村の風景
本名野々口親重。雛屋、紅粉屋とも呼ばれた。別号、松翁。