骨董品

尾崎紅葉筆「源氏物語を読み侍りて思へる事ども」論文巻子

冨田鋼一郎

 先達の某は源氏物語を評して此書は通編仏経にすがりて陰にその玄理を説きたるものとはいへり 我この物語を読みて思へらく 論者深く惑へり さるはまことに作者の意を知らざるものゝ言なり 唯宮中の(糸+奇)話なりとして何の子細かあるべき 言を好める先達の深意測り難くつねに之に疑ひなきを得ざりしに・・・

 本朝漢土の学者にはかゝる疾ありてさもなきに私見の蛇足を添へかへつて古書の真面目を損するもの多し 唯言へ源氏物語は本朝に双なき人情小説の極粋至精なるものなり かの浅薄なる群言のごときは安ンぞ取るに足らむやもし紫式部が観世音菩薩の化身なることをして事実ならしめばこの物語はまことに一部の経文ならむかし
 六月二十九日稿
国文学一年
             尾崎徳太郎

国文科1年生23歳(明治23年1890)の時に書いたレポートである。源氏物語についてレポートを書く課題を課せられたものだろう。

『紅葉全集』第12巻「書簡・逸文・未定稿・雑篇・補遺」382ページに翻刻、所収。

尾崎紅葉(おざきこうよう1867-1903)

小説家。名は徳太郎。号は「縁山」「半可通人」「十千万堂」「花紅治史」など。物語の巧みさと艶麗な文章で、圧倒的人気を獲得、泉鏡花・小栗風葉・柳川春葉・徳田秋声らの逸材を出した。作「多情多恨」「金色夜叉」など。

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冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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