尾崎紅葉筆「四季句短冊」幅
冨田鋼一郎
有秋小春
画稿裏に付き人・高木梧庵による書き留めがある。
崋山渡辺先生筆
干時文政十亥年七月 後学高木梧庵 印
典型的な山水である。手前の深山幽谷のなかの孤亭や遠方の山肌の皺などの描き方は、たしかな技量が感じられる。
文政10年(1827)丁亥7月の作である。この年の同月は、崋山にとってやっかいな出来事が起こった月だった。遺されたこれらの画稿は、この出来事の直前だったのだろう。すなわち、三河藩主康明が逝去したために、世継ぎ問題が起こった。この問題は、崋山を長く苦しめた。
崋山は、膨大な下絵・画稿やスケッチ群を遺した。手控え帖としても遺されている。また、手控え帖はばらばらに崩されて、散逸したものも多い。これらは崋山の落款が押されていないため、作者不詳として打ち捨てられたものも多い。
高木梧庵(たかぎ ごあん)