骨董品

松村呉春(月渓)筆蕪村句「初午や」画賛

冨田鋼一郎

初午やその家々の袖だヽみ 夜半翁

季語:初午(春)
初午:二月最初の午の日の神事。「初巳午の日、稲荷の社詣で、俗に初午詣でと称す(中略)今日農民の参詣特に多し。門前家々、百穀の種ならびに雑菜の種を売る」(日次紀事)

初午詣でには、どこの家でも身なりを整えて出掛ける。どの衣装にも、それぞれの家なりの勝手な流儀による袖畳みの跡がついていて、いかにも庶民の祭りらしくほほえましい。

この画賛は、師の夜半翁(蕪村)の句を拝借して、月渓が句と画を染筆したもの。一見すると月渓の画に蕪村自身が賛をしたものと見間違うほど、字がそっくりである。俳画とはいえ、この画はずいぶん幼稚なものだ。張子の牛だろうか?

画で使用される松煙墨を使用しているため、墨が薄い。

岡田利兵衛著『俳画の美―蕪村・月渓』(豊書房 昭和48年)
月渓は蕪村に入門するや直ちに蕪村そっくりの文字を書いている。これは意識して蕪村の書風を学んだからである。この点、絵画・俳諧と同軌不離のものである。たちまち上達して天明期には円熟して、正直にいって瓜二つである。両者の書を個々に一見すると、どちらがどちらかわからないほどよく似た文字である。しかし絵・句の場合と同じように蕪村の格調高い風雅に及ばず、ただ明るく、むしろ艶なる書を書いている。この点が両者区分のキーポイントである。やはり脱俗高風の蕪村の線には達し得なかったのである。

月渓は蕪村に入門するや直ちに蕪村そっくりの文字を書いている。これは意識して蕪村の書風を学んだからである。この点、絵画・俳諧と同軌不離のものである。たちまち上達して天明期には円熟して、正直にいって瓜二つである。両者の書を個々に一見すると、どちらがどちらかわからないほどよく似た文字である。しかし絵・句の場合と同じように蕪村の格調高い風雅に及ばず、ただ明るく、むしろ艶なる書を書いている。この点が両者区分のキーポイントである。やはり脱俗高風の蕪村の線には達し得なかったのである。

引用:岡田利兵衛著『俳画の美―蕪村・月渓』(豊書房 昭和48年)
松村呉春(まつむら ごしゅん1752-1811)

江戸中期の絵師。

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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