日々思うこと

「グローバルヘルス」について

冨田鋼一郎

新宿区戸山にある国立国際医療研究センターに昔、母がお世話になったことがある。日本の医療を支える拠点の一つだ。

病院が建て替えられた時に、英語名が
NCGM: National Center for Global health and Medicine
に変更された。

この「Global health」という聞き慣れない用語は、最近でこそ耳にするようになったが、当時はずいぶん大袈裟な言葉だと感じたものだ。

ちょうど南北問題で使われた「発展途上国」「後進国」から「グローバルサウス」に変化してきたように、「グローバルヘルス」は時代の変化を先取りしたもので、今では先見の明があったと考える。

そこで、「グローバルヘルス」「プラネタリーヘルス」「ワンヘルス」など新しい言葉の由来を調べてみた。良い解説を見つけた。

☆☆☆☆☆
朝日with Planet コラム

「グローバルヘルス」とは? 世界の健康をめぐる歴史とこれから

世界130カ国以上で感染症対策や母子保健などに取り組んできた國井修さんが、「グローバルヘルス」「プラネタリーヘルス」について語る。

[グローバルヘルスの歴史]
「グローバル=世界」「ヘルス=健康」なので、「グローバルヘルス」というと「世界の健康」をイメージされると思います。

世界の歴史を見ると、ヒト、カネ、モノのグローバルな動きの中で「世界の健康」の問題や課題は、時代とともに変化し、解決のための努力の仕方も変わってきました。

「グローバルヘルス」という用語が使われはじめたのは実は最近のことで、2000年以前は「国際保健(international health)」や「熱帯医学(tropical medicine)」、それ以前は「帝国医療(imperial medicine)」「植民地医療(colonial medicine)」などと呼ばれていました。

「植民地医療」「帝国医療」は、植民地時代に現地で流行していた病気から、統治や交易・軍事などに関わる支配国側の西欧人を守るため、または植民地の維持・繁栄などのためには現地の人々にも治療を施す、という考え方の医療でした。

その頃は「宣教医療」も盛んで、宣教目的であってもなくても、キリスト教精神に基づいて、恵まれない人々に保健医療サービスを提供する「ミッショナリー」の組織や医療機関は、開発途上国の人々の病苦を癒やすのに重要な役割を果たしていました。宣教医療の一環として建設された病院や診療所の中には、現在でも存続し、現地で大きな貢献をしているものもあります。

[開発援助としての国際保健]
その後、近代医学が発達し、旧植民地や熱帯地域で流行している疾患をより科学的に研究し、診断・治療・予防法を見いだして実践していったものが「熱帯医学」です。

今も「熱帯医学」を標榜している大学や研究機関が、イギリス(ロンドン、リバプール)、アメリカ(ニューオーリンズ)、ベルギー(アントワープ)、日本(長崎)などにあります。私も長崎大学熱帯医学研究所で学び、また研究や教育に従事していたことがあります。

「国際保健」は、特に第2次世界大戦後の1948年に国連の専門機関として世界保健機関(WHO)が創設され、世界の様々な保健医療問題に対して国家間協力の必要性が強調されるようになった頃から、使われ始めています。

当時、開発途上国と先進国と呼ばれていた国々の間には大きな健康格差がありました。子どもや妊産婦が多く死亡し、感染症が蔓延する開発途上国に対して、先進国は資金的、技術的、人的援助をすべきだという考え方のもと、「国際保健」では、高所得国から低中所得国への保健分野での開発援助(development assistance for health; DAH)が重要視され、健康格差の是正が中心的なテーマとなりました。

ですから、2000年に掲げられた「国連ミレニアム開発目標(MDGs)」では、幼児死亡率の削減、妊産婦の健康状態の改善、感染症などの疫病の蔓延防止などが目標として掲げられていました。

[国境を越える健康問題]
しかし近年では、気候変動による災害が頻発化・甚大化し、年間の大気汚染の影響による死者が世界で約900万人と増大し、重症急性呼吸器症候群(SARS)や新型コロナなどの新たな健康危機が世界を襲い、健康格差の是正や援助などでは解決できない問題・課題が増えてきました。

国際的な開発目標もMDGsから「持続可能な開発目標(SDGs)」に移行し、「すべての人に健康と福祉を」と掲げた目標3には、MDGsの目標も含めながらも、非感染症疾患による若年死亡減少や道路交通事故による死傷者半減、有害化学物質や大気・水質・土壌汚染による死亡の減少、ワクチンや医薬品の研究開発支援など、すべての国が各国の状況に応じた目標を定めて努力をし、政府が中心となった国際的な協力から、産業界、学校、官公庁の「産学民」も積極的に参画したグローバル(global)な連携協力の必要性が強調されています。

[パブリックからプラネタリーへ]
実は最近、「グローバルヘルス」以外に、「ワンヘルス(one health)」「プラネタリーヘルス(planetary health)」という用語も使われるようになりました。

「ワンヘルス」とは、人と動物、生態系の健康を一体のものとみなし、守っていこうとする考え方のことで、1993年に開催された世界獣医師会世界大会で採択された「人と動物の共通感染症の防疫推進や人と動物の絆を確立するとともに平和な社会発展と環境保全に努める」という「ベルリン宣言」から生まれ、2004年にはWHO、国際獣疫事務局(OIE)、国際連合食糧農業機関(FAO)などが感染症リスクの抑制を図る戦略的枠組みを示し、2012年には世界獣医師会と世界医師会が「ワンヘルス推進の覚書」を調印しています。

1970年ごろより、1、2年に一つの新たな感染症(新興感染症)が人間社会で流行し、その7割が人獣共通感染症(動物と人の間で自然に移行する病気または感染)であるため、この取り組みはとても重要です。ただし、実践としてはいまひとつ進展がみられない、というのが私の印象です。

「プラネタリーヘルス」は、人間の社会経済活動が加速する中で、地球にさまざまな危害を与え、それによって我々人類の健康、さらには存続そのものを脅かしているという認識から生まれた概念です。

特に、世界的な医学誌The Lancetは2014 年 3 月に「パブリック(ヘルス)からプラネタリーヘルスへ:宣言書(From Public to Planetary Health: A Manifesto)」を発表し、「プラネタリーヘルス」という用語が世界に広まりました。

スポンサーリンク

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
記事URLをコピーしました