渡辺崋山 肉筆漢画スケッチ模写「達磨図」
冨田鋼一郎
有秋小春
覚えたり。彼は念頭に去らざりし宮ならずや。七生まで其願は聴かじと退けたる満枝の、我の辛さを彼に移して、先の程より打ちも罵りもしたりけんを、猶あきたらで我が前に責むる乎と、貫一はこらへかねてふるひ居たり。満枝はほしいままに宮を捉へてちとも動かせず、徐に貫一を見送りて、
「間さん、貴方のお大事の恋人と云ふのは是で御座いませう。」
頸髪取つて宮の面を引き立てて、
「此女で御座いませう。」
「貫一さん、私は悔しう御座んす。此人は貴方の奥さんですか。」
「私奥さんなら奈何したのですか。」
「貫一さん!」
・・
「間さん、貴方、私の申し上げた事をば、やあ道ならぬの、不義のと、実に立派な口上を有仰いましたでは御座いませんか。其程義のお堅い貴方なら、何故こんな淫乱の人非人をおめおま活けてお置き遊ばすのですか。それでは私への口上に対しても、貴方男子の一分が立たんで御座いませう。」
箱書き 恩師紅葉先生御作金色夜叉原稿二葉 石倉翠葉
続金色夜叉 第8章 貫一、お宮、満枝の場面
小説家。名は徳太郎。号は「縁山」「半可通人」「十千万堂」「花紅治史」など。物語の巧みさと艶麗な文章で、圧倒的人気を獲得、泉鏡花・小栗風葉・柳川春葉・徳田秋声らの逸材を出した。作「多情多恨」「金色夜叉」など。