『チェルノブイリの祈り 未来の物語』 スヴェトラーナ・アレクシェーヴッチ著
冨田鋼一郎
有秋小春


今回は、老人の顔の表情を比較してみよう。
早見晋我(老号、北寿)(1671-1745)は、下総結城で酒造業を営む素封家。晋我を悼んだ蕪村詩「北寿老仙をいたむ」で有名。
20代後半の蕪村は、晋我の最晩年3年間大変世話になった。蕪村にとって45歳の差がある晋我は慈父とも言える人物。
目を細めて笑みを含んだ穏やかな表情からは、身も心も裕かで幸多き晩年だったことが窺える。敬愛の情を込めて描いた。
一方、崋山は、尊敬する儒学者、松崎慊堂(1772-1844)を描いた。
これは頭部の画稿。(『定本渡辺崋山』郷土出版社より)胡粉の混じった代赭や淡い墨の陰影が生かされていて、洋風画法を学んだ跡がある。
慊堂は崋山が後年巻き込まれた蛮社の獄の際に、身を賭して崋山救済の嘆願書を老中に差し出した。