蕪村の特徴ある人物表現(その6)「呂洞賓(りょどうひん)」
冨田鋼一郎
有秋小春


寛保元年(1741)、蕪村26歳
蕪村の現存する肉筆では最も古い作品
俳諧の師匠、宋阿の死の前年、関東の山野の花を描くことで孤独を紛らしていた
漢画の修業を始める時期に、惲南田(寿平)の花卉図を選んでいることは一考に値する
画号に「渓漢」を用いている
「渓漢」の「渓」は、惲南田の別号「雪渓外史」の「渓」を継いだのかもしれない
「漢」は男子の意味
画号を「四明」に定まるまでに「渓漢」「渓霜」「子漢」「朝霜」「朝漢」「朝滄」「懶郎」など試行錯誤していることがみてとれる
惲南田 (うんなんでん) (1633-1690)
江蘇省出身の文人画家、書家。惲寿平ともいう。清初六大家の四王呉惲の一人。号は東園草衣,雲渓外史など。
花卉画に長じ、輪郭線を描かない没骨法を用い、清朝花鳥画の典型をつくった。