富安風生筆「季趣」新年および四季句幅
初富士や茶山の上にかくれなし
まさをなる空よりしだれざくらかな
大文字夏山にしてよまれけり
秋風は身辺にはた遠き木に
しぐるゝと袖うちかざしよろこべる
風生 印「漁」
女性のような流麗な書体である。風生ゆかりの各地に句碑がある。
「まさをなる空よりしだれざくらかな」。満開の枝垂れ桜をこころから喜び見つめる弾んだ気持ちが伝わってくるのは、一読流れるようなリズムの良さによるものであろう。
風生による自註(上製本『風生帖』昭和34年より)を載せておこう。
まさをなる空よりしだれざくらかな
昭和十二年春、武蔵野探勝会真間吟行の作。真間弘法寺へは今年の春も吟行した。もう葉桜ではあったが、そして、思いなしか少し衰えは見えたようだが、大きな花笠のように、空から八方に枝をたれた老桜の美しい姿は、やはり境内を統べる天晴の貫禄と仰がれてうれしかった。
大文字夏山にしてよまれけり
わたしの俳句が少しものになりかけた、という時期がもしあったとすれば、それは、昭和五年ごろであり、昭和五年のこの作などは、その時分の代表作の一といえるかも知れぬ。何かの用で京都にいて、たしか白井冬青君と二人で鞍馬に遊んだとき、京都の、あののんびりした電車の窓から、この大文字山を見たのであったように記憶する。
秋風は身辺にはた遠き木に
自分でも好いている句であるし、相当支持者もあるように思っているが、この技巧、(虚子)先生はどう見られるか・・・。ところが「玉藻」研究会筆記を読むと、同志清崎敏郎君の好意ある発言のあとに、「虚子、この句も異論はない」とある。そうであったかと、ほっとした。昭和に二十七年十月八日、毎日新聞社内、月詠会例会席上吟。
しぐるゝと袖うちかざしよろこべる
昭和十八年作。「村住」調―そんなものがあるとすればーの代表的なものの一つであろうか。しおしおとしたあわれはあるかも知れないが、いかにも弱々しい。弱々しさの美しさ、愛おしさに、自己陶酔している観さえある。こういのがその時分のありのままの心境だったとすれば、その意味で見どころがないわけでもない。
愛知県出身の俳人。本名は謙次。高浜虚子に師事。逓信省退官後、長い余生を句作に捧げる。温和な作風で知られた。風生は「偉大なる平凡人だった」とは、彼をよく知る俳人が評した風生への敬愛の言葉である。