骨董品

松村呉春(月渓)筆蕪村早春5句

冨田鋼一郎

初午やその家々の袖だゝみ
はつむまや物種うりに日のあたる
雁ゆきて門田も遠くおもはるゝ
あけぼのゝむらさきのまくや春の風
野ばかまの法師が旅やはるのかぜ
夜半の句  月渓 印

初午やその家々の袖だゝみ

初午(春)2月の初めの午の日。この日行われる神事をもいう。
初午に身なりを整えて出かける。どの衣裳にも、それぞれの家なりの勝手な流儀により袖畳みの跡がついている。いかにも庶民の祭りらしくほほえましい。

はつむまや物種うりに日のあたる

初午の日の稲荷神社は参詣の人で大賑わい。その喧噪をよそに、作物などの種を売る露店には春の日が静かに差している。雑踏の中の穏やかな春景。

雁(かり)ゆきて門田も遠くおもはるゝ

雁行(春)帰雁。春になり雁が北に帰ること。
今まで門前の田で餌をあさる雁の姿に親しんできたのに、春のなって北へ飛び去ると、門田も寂しく心に遠い眺めになった。

あけぼのゝむらさきのまくや春の風

春の風春)春風駘蕩というように、暖かく柔らかに吹く風。
王朝の才女が言ったように、春の曙は紫の幕のように雲がたなびき、やがて春風が静かにその幕を開け夜明けの舞台を現してゆく。

野ばかまの法師が旅やはるのかぜ

本願寺の役僧か、野羽織に野袴を着けて旅をしている。いささか異様なその装束の裾を、からかうように春の風が吹く。

呉春(月渓)染筆による蕪村の春の5句。「初午」2句、「雁行」1句、「春の風」2句。
師蕪村のなまめかしい書体を彷彿とさせる月渓の書。画人らしく、句の配置を微妙に違えることによって、暖かくなった春の風にこころも靡いてくる。蕪村は師であるから本来「夜半翁の句」と記すところだが、ここでは「夜半の句」としている。身分の高い人物へ献じたものか。

松村呉春(まつむらごしゅん1752-1811)

江戸中期の絵師。

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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