日々思うこと

渡部カンコロンゴ清花さんのこと

冨田鋼一郎

この4月、渡部氏は参院選東京選挙区の自民党の立候補者にと取り沙汰された
10年ほど前にWELgee立ち上げ直後の渡部さんに立教大学公開イベント「難民と語る」でお会いしたことがある
10名ほどの難民を連れてきた
彼女の存在で、教室が一気に明るくなったことが鮮明に覚えている

イベント後に時間をもらい、なぜ日本で受け入れが遅れているか話をした
じっと耳を傾けていたのが印象的で、この人はいずれ国政に挑戦する人になると感じていた

今回のアエラインタビュー記事でも、行動力があり、自分の言葉で語る力をもつことがわかる
自民党から立候補するとよほど熟慮したのだろう

時代は急速に変化している
信念を変えず、国政を狙うことを諦めないでほしい
応援している

「一方、社会が急速に変化し、国家間の関係性も変わり、家族のあり方も人生の歩み方も多様になっていくなかで、10年後も20年後も意見や立場が変わらないというものではないと思います。個別の反応に対して何か、ということはありませんが、自分自身は今後、過去に自分や自分の近しい人を批判した人と接するとき、関係を拒絶するのではなく、なぜ今こう思うに至ったのか、それを聞く余白を残せる人でありたいと思っています。」

☆☆☆☆
長いが転載しておく

安倍政権を批判していた「渡部カンコロンゴ清花氏」は、なぜ自民党から出馬しようとしたのか 本人が初めて語った“真実”

5/23(金) 13:41配信AERA

 夏の参議院議員選挙に向け一時自民党からの出馬が取り沙汰された、難民の就労支援などに取り組むNPO「WELgee(ウェルジー)」前代表理事の渡部カンコロンゴ清花氏(34)が、AERAの単独取材に応じた。渡部氏は参院選東京選挙区の自民党の立候補者を決める選考に挑み、4月11日には各メディアが「(自民党都連が)擁立する方向で調整に入った」と報じた。

一般的には「こうした報道がされる時点でほぼ内定に近い」(政治部記者)とされるが、最終的に擁立は見送られた。渡部氏はかつて、SNS上で安倍政権を痛烈に批判する投稿をしており、保守層からは激しい反発もあった。渡部氏に自民党からの出馬を目指した理由、世間から批判をどう受け止めたのかなどを聞いた。

*  *  *

――今年4月、渡部さんは次期参院選に自民党から出馬することが取り沙汰されました。それと同時期に、ご自身が設立したNPO法人「WELgee」の代表理事退任も発表されています。自民党からの出馬と代表理事退任に関係はあるのでしょうか。

 退任はここ1年半くらいかけてほかの理事やマネジャー層とディスカッションし、考えていたことです。WELgeeは2016年、私が学生のときに始まり、今年で10年目になります。迫害や紛争から逃れて日本へやってきた若者たちとの出会いが原点でした。難民認定を受ける以外に希望がない、それも認定率は1%未満という当初の状況から、それまで難民支援への関心が薄かった企業さんと組んで在留資格の変更を目指すという新たな突破口をつくれたことは大きかったと思います。
私は物事を0から1にすることが得意で、その後は、1を10にするくらいまではどうにかやってきました。ただ、今後団体として10から100にインパクトを拡大させるには、自分以外が代表を担っていくこともあり得るんじゃないか。いまならバトンを渡せるんじゃないかと思い、退任する結論に行きつきました。退任を決めたのは2025年の年明けごろです。時期を同じくして、自民党から参院選出馬のお声がけをいただきましたが、擁立が決まっていたわけではありません。

――なぜ政治の世界を目指そうと決めたのですか。政治家としてやりたかったことは何ですか。

 政治を通してやりたかったことのひとつは日本の外国人政策のグランドデザインを描くことです。
いま、日本には370万人超の外国人が暮らしています。公式には移民を認める「移民政策」は取っていないことになっていますが、技能実習制度やそれに代わる育成就労制度など、新たに外国人を迎える制度はどんどんつくられています。
産業界の要請で人は入れるのに、「移民はいない」と言い続けるダブルスタンダードの間で、当事者の社会統合は自治体任せになりがちですし、入管職員からは混乱の声も聞きます。
この国の10年後、20年後を考えた移民政策をどうデザインするか、それには政治的な意思とコミットメントが必要です。自分の専門性と経験を生かして、制度と現実とのギャップを埋めていきたいと考えていました。

・過去のSNS投稿は「極めて不適切な言葉遣い」

――なぜ自民党だったのですか。自民党のスタンスは渡部さんの考えと一致しているのでしょうか。

 この10年近くNPOで活動するなかで、与野党問わず多くの議員さんと接する機会がありました。NPOなどの支援団体は、制度の不備に落ちてしまう人々に寄り添い、解決策を模索します。一方、政治家は民主主義のなかでさまざまな意見きながらどこかに妥協点を見つけ、決め、進めることが必要です。理想を主張するだけでなく、100点は取れなくても、5歩でも10歩でも前に進めるために、現場に足を運んで当事者と丁寧にディスカッションし、それを整理して議会で質問をしたり、政策に反映したりする。そんな動き方をしている議員さんの姿を見たのが自民党でした。政局ではなく「政策」に向き合う議員さんたちと、一緒に政策実現をしたいと思ったのがきっかけです。

 立ち位置・スタンスについては、全ての政策が自分と一致する政党はないだろうと思いますが、政権を、ひいては社会を担う責任を感じながら落としどころを模索し、勉強会を開き、議連をつくり、政策を前に進めようとしている人たちが自民党には多く存在するという点に納得感がありました。

 一方、お金の流れの不透明さは一国民として首をかしげる場面が多くありました。仮に議員になれば、少なくとも私が触れるお金に関しては透明化して発信していかなければならないと考えていました。

――渡部さんは2014年、Twitter(現:X)で〈「バカに権力を与えるとどうなるか」という見本が今の安倍政権〉と投稿しています。当時の発信をどう振り返りますか。

 11年前、大学生のときの発信ですが、極めて不適切な言葉遣いでした。今なら政策を批判することはあっても、人を批判することはないだろうと思います。発言と人格を別のものだと理解し、異なる意見の相手とも議論を積み重ねていくことの大切さは社会に出て知りました。

とはいえ、自分が当時、安保法制や武器輸出三原則の見直しに反対していたのは事実です。それは紛争が続いていたバングラデシュの先住民族地域に長期滞在した経験や、学生の仲間との勉強会を通し、考えていたことです。当時の言葉遣いは反省していますが、そうした政策に反対していたことを撤回するものではありません。

・「右」や「左」というラベリングは好きではない

――擁立報道後にはこうした過去の発信を挙げ、保守層からの猛烈な反発がありました。SNS上の匿名アカウントだけでなく、複数の自民党現職国会議員からも強い批判がありました。どのように受け止めていましたか。

 過去の発信が不適切だったこと、そして過去に自民党の政策を批判していた人物であることを挙げ、自民党から出馬するのはおかしいという批判は理解できますし、正当な問いだと思います。だからこそ応答する責任も私にあり、騒動のあとにnoteに考えをまとめました。

 一方、社会が急速に変化し、国家間の関係性も変わり、家族のあり方も人生の歩み方も多様になっていくなかで、10年後も20年後も意見や立場が変わらないというものではないと思います。個別の反応に対して何か、ということはありませんが、自分自身は今後、過去に自分や自分の近しい人を批判した人と接するとき、関係を拒絶するのではなく、なぜ今こう思うに至ったのか、それを聞く余白を残せる人でありたいと思っています。

 同時に、今回私は出馬しませんが、過去の発言に対する応答責任は、自分が思っていたよりも重視しなければいけないのだろうなと感じています。

――騒動の後、自身のnoteには<もともと私は、まだまだ狭い視野からの「左寄り」の思考・思想を持っていたことは否めません>と書いていました。過去の政治的なスタンスから「変容」したのでしょうか。

 うーん、よりプロセスが見えるようになった、ということでしょうか。先ほどの「100点は取れなくても」という話にも近いですが、実行される政策にすべて賛同・納得できるわけではなくても、あのときにこの政党はこう考え、議論がなされ、国益やひとりひとりの国民のための落としどころがここだったんだろうなと、論理的に理解することができるようにはなったと思います。

――保守層からの批判と同時に、リベラルの側からも失望の声があったと思います。

 ありましたね。私自身は右とか左とかそういうラベリング自体好きではないし、出演していたニュース番組を「左」だと思って出ていたこともありません。コメンテーターとして出演する際に意見の制限をされたことは全くなく、私自身は保守とかリベラルという対立にかき消されてしまいがちなエビデンスや現場の声をお茶の間に届けることが役割だと思っていました。

 ただ、「失望した」「期待していたのに裏切られた」という反応は多かったように思います。特に、うちは実家が筋金入りの反自民なので、父の反応はかなりエキストリームでしたね。

・「政治家」は社会を前に進めるための手段

――改めて今回の騒動を振り返り、どう感じていますか。また、今回は結果的に「最終選考で落選」という形で自民党からの出馬は見送りになりましたが、今後について考えていることを教えてください。

 今回、自民党からお声がけをいただき、覚悟を決めた背景には、若者や女性の挑戦の後押しになればという思いもありました。いま、30代以下の女性国会議員は数人しかいません。あまりにも遠すぎる職業でロールモデルもいない。だから私が挑戦することで、「NPOから政治というアプローチが取れるんだ」「30代の女性でも挑戦できるんだ、それも自民党という選択肢があり得るんだ」などと感じてくれる人がいたらうれしいなと思っていたんです。

ただ今回、私や自民党への批判以外に元所属団体や他のNPOなど周辺にもあらゆる誹謗(ひぼう)中傷が届き、Xでもかなり長い時間、いい意味ではない形でトレンドに上がっていました。私の思いとは反対に、あまりにも参入障壁が高い、政治に関わることは割に合わないと感じさせてしまったのではないかと危惧しています。

 私自身の今後については、次の参院選には出馬しませんが、社会を前に進める手段として政治がひとつの選択肢であるという考えは変わっていません。ただ、政治家だけがその手段でもない。政治を含めて、広い意味でよりよい社会づくりに関われる方法を模索していきます。

(聞き手・構成/AERA編集部・川口穣)

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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