読書逍遥

読書逍遥第430回『日本史の謎は「地形」で解ける』【文明・文化編】(その5) 竹村公太郎著

冨田鋼一郎

『日本史の謎は「地形」で解ける』【文明・文化編】(その5) 竹村公太郎著

[今回のテーマ]

貧しい横浜村が、なぜ近代に日本の表玄関になれたか 
答えは、「横浜水道」の敷設

横浜の都市として発展する上の弱点は「水」

1853 ペリー黒船浦賀来航
1854 ペリー再来日 日米和親条約
1856 ハリス来日 通商交渉開始
1858 日米修好通商条約
以降、安政の大獄、桜田門の変、長州征伐、大政奉還、鳥羽伏見の戦い、西南戦争、大日本帝国憲法発布と続く

国際港として5港が決まる
 横浜、長崎、函館、新潟、神戸

「新潟」は、以前から北前船航路の重要港 しかし、信濃川河口のため土砂堆積による浅い水深が欠点 蒸気船に不向き

他の4港の共通点「大きな川がない」こと、土砂で港が埋まらないので水深が深い

[横浜固有の課題]
水の確保 背後の湧水に頼るしかない

水道インフラ敷設が課題に
イギリス将校ヘンリー・スペンサー・パーマーに計画立案委嘱

「44キロ離れた相模川支流道志川から野毛山まで導水計画」

1887「横浜水道」工事完成
日本最初の近代水道⇨横浜開港から28年後の完成

この間の28年間はどうしていたか

「ニヶ領用水」
川崎領と稲毛領の領内
1873 多摩川を水源とし木樋水道敷設 
しかし漏水、故障、コレラ発生
横浜は独自の良質な水確保が切実な課題

「箱根芦ノ湖」の活用は?
江戸(将軍)と静岡(駿府)に挟まれた神奈川
芦ノ湖の取水口は静岡に向けられ、神奈川は取り残される

⇨多摩川と芦ノ湖を諦めて、水源を相模川に求めた結果が「横浜水道」として実現

相模川ダム 城山ダム 三保ダム(酒匂川) 宮野瀬ダム

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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