第25回 『渡辺崋山』ドナルド・キーン
冨田鋼一郎
有秋小春
話題は「道」から「橋」に移る
ブラタモリで「東海道五十七次」を見た
大津から京へ向かわず、伏見を経て大坂に向かう別のルートがあった
出発点は、どちらも江戸の「日本橋」
終点は、京都「三条大橋」と大坂は「高麗橋」
街の中心(起点)なのは、いずれも「橋」であることが面白い
☆☆☆
ローマ街道の最初が「アッピア街道」ならば3千を数えるといわれるローマ式の橋の最初は首都ローマのテヴェレ川にかかる「スブリチウス橋」である
「街道」と同様に「橋」も、自分たちの住む地と他者の住む地を隔離するのではなく、連絡する意図に沿ってなされたということでも同じだった
敷石舗装が義務付けられている幹線道路は、車道の幅が4メートル強、両側に並行している歩道は3メートル
橋もまた同様の幅のつくりとなっている
テヴェレ川にかかっていた橋の11本のうち5本まで現在でも使用され続けている
いかに堅固に造られていたか
現在ヨーロッパで日々使う通貨「ユーロ」紙幣は5、10、20、50、100、200、500ユーロの7種類ある
その紙幣の裏面にはどれにも各時代の「橋」が印刷されている
最初の5ユーロ紙幣には、古代ローマの橋が採り上げられた
すべてのユーロ紙幣を「橋」で共通させた理由は、人々の交流を拒否する「壁」ではなく、交流を促進する「橋」だからであり、ヨーロッパ連合を象徴させたかったからだ