読書逍遥第176回 『蝸牛庵訪問記 晩年の幸田露伴』(その1)小林勇
冨田鋼一郎
有秋小春
世界史上はじめて「ネットワーク化」された街道を張り巡らしたローマ帝国
どのような思想哲学を持っていたのか
☆☆☆
すべての道はローマに通ず、というよりも、すべての道はローマより発す、とした方が適切ではないかと思う。
それはローマが帝国の心臓であったからだ。心臓から肉体のすみずみにまで血液を送り出す動脈が、ローマ街道であった。
首都ローマを出た時は十二本であったローマ街道は、極寒の北海から酷暑のサハラ砂漠、大西洋からユーフラテス川、イギリスからシリア、ドイツやバルカンからエジプトまでも網羅していたローマ帝国全域に広がっていくうちに、全線敷石舗装を義務付けられた幹線だけでも三百七十五本を数え、その全長は8万キロに達するするようになる。
これに砂利舗装だった支線までも加えた15万キロもの大血管網が、ローマ帝国という生身の人間の肉体に張りめぐらされていたということだ。
そして、これらの街道すべての端緒が、紀元前312年に着工したアッピア街道だった。