仏桑花(ハイビスカス)
冨田鋼一郎
有秋小春
どのページの歌をみても、親父の面影、息遣いを感じる
2週間で便箋一枚に歌が埋まる(最初は鉛筆で、途中1988年からワープロになる)
びっしりと短歌が書かれた便箋を手渡されたときに、どうして感想を伝えることが出来なかったのか
毎日一首のペースを50年も続けたことに驚き
85歳当時の2000年からいくつか
○ 一夜さに熟睡九時間目覚めよきは
八十五歳わが快挙とも
(1995.3)
○ 「椿」
咲き初めしと思う間もなく散り落ちし
椿の花の崩れもあらず
(1995.4)
○ 「老い」
汝とわれと共々老いてこの先は
かたみにいたわりいたわられつつ
(1995.4)
○ 「老い」
大病はせずとも老いは既にして
心平らかに日々をあかるく
(1995.4)
○ 「根津神社」
赤き鳥居連なり立てる参道を
人に揉まれて神社に詣ず
(1995.5)
○ 「庭の花々」
坪ほどの池に入れたる鉢植えの
菖蒲の紫蕾持ちたり
(1995.6)
○ 「夏の回想」
俘虜の目に痛々しきまでに美しかり
ブーゲンビリア見れば偲ばる
(1995.8)