読書逍遥第336回『南蛮の道』(その8) 司馬遼太郎著
『南蛮の道』(その8) 司馬遼太郎著
「詩人 カモインス(1525?-1580)」
世界地図のない時代に、大航海に乗り出したポルトガルの人の勇気に思いを馳せる
地図を手軽に利用できる我々はいかに便利な時代にいるのか
☆☆☆
ポルトガルで最も愛する詩人は、ルイス・ヴァス・デ・カモインスである。
フランシスコ・ザビエルとほぼ同時代の人で、今もリスボン市街地に銅像として立っている。
大正末年、この地に来た木下杢太郎も、『ぽるつがる』の中で
「隻眼の詩人カモインスの銅像は同じ名の広場に立って居る。およそこの国において人の尊崇するは、この詩人とバスコ・ダ・ガマである」
と書いている。
ついでながら、ポルトガルの古名は、「ルジタニア」という。
ギリシャ神話の中の酒神バッカスの子のルーゾから出ているという。伝説では、ポルトガル人はその子孫だというのだが、カモインスの詩は、「ルジタニアの民」という言葉に目のくらむような光彩を与えた。
神でさえ、一民族に与えることのできない誇りを、カモインスは溢れるばかりに与えたのである。
カモインスは、サグレス岬について詠っている
大陸の果つるところ
大海の始まるところ
ただそれだけの言葉である。
今なら私どもでもその程度の形容は思いつくが、そういうことで甘んずるとすれば、後世の驕りというものであろう。
後世であるという事は、例えば書店で世界地図を買うことができ、文房具店で地球儀を買うことができるということである。
そのことによってごく簡単にヨーロッパ大陸の西南端が鋭く三角形に尖っていることがわかるし、さらに細かいポルトガル地図を買えば、その三角形をなす地の果てが断崖になっており、そこから大西洋が始まっていることもわかる。
が、15世紀までの人々は狭い地理感覚の中に住み、特に地元民にとっては単に波の浮き立つ崖の連続であるに過ぎなかった。
カモインスによってはじめて、ただの地理的突起状が、汝こそヨーロッパの果つるところであり、かつルジタニアの子らが乗り出してゆくべき大海が始まるところだと頌されたのである。