読書逍遥第330回『南蛮の道』(その2) 司馬遼太郎著
『南蛮の道』(その2) 司馬遼太郎著
イベリア半島とバスク人についての簡潔で卓抜な文章を書き留める
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私どもは、バスクの民族については、その固有の帽子であるベレエしか知らないが、彼らはフランスでもスペインでもない文化のなにごとかを持ち、さらにはどのヨーロッパ語にも属さない(むしろ日本語と構造がやや似ている)言語を保有している。
ヨーロッパ大陸が西南に垂れてきて、やがて大西洋のビスケー湾の湾入と地中海のリオン湾の湾入によって、大いにくびられる。くびられてふくらんだむこう(西南)の箱型の半島が、イベリア半島である。
くびれのあたりの地勢は、太い紐でしばりあげられたように高く膨らんでいる。ピレネー山脈と呼ばれる。この山脈が、他のヨーロッパとスペイン・ポルトガルとを大きく画しているのである。
ピレネーからむこうはアフリカだ、という悪口はフランス人がよく言うところらしいが、最初に言ったのはスペインに征服軍を送ったナポレオン一世だという説がある。
アフリカとはジブラルタル海峡の狭隘な潮路で接しているために、この半島南部はヨーロッパとアフリカをつなぐ陸橋だという言い方もある。このため、古来、この半島に多くの民族が流入し、8世紀にはアラビア人までがやってきて、文明と血液を混入させた。
が、バスク人は違う。
「わしらは昔からピレネー山脈にいたのだ」ということを、この旅でバスク地方に入ったとき、いたるところで聞かされた。
遠い採集時代、人間は流動し移動したものだが、バスク人の強烈な自意識は人類一般のそういう定説的な見方を否定し、ピレネー山脈の山々から湧いて出て、以来、そこに住みついているのだ、という。
戦前の日本の皇国史観もそれに似たものであったし、私の友人の朝鮮人も、こと朝鮮民族に関する限り、そういう気分を捨てがたく持っている人がいる。
民族には民族的自尊心と独立心が異常に昂揚する時期がある。そういう時期には、その人が他のことについてどれほど知的であっても、こと自民族の古代的成立に関する核の部分になると、神話的気分を、親鳥が羽交(はがい)のなかで卵のもろい殻を温め続けるような可憐さときわどさをもって大切にし、ふと絶対化してしまうらしい。
今のバスク人にあっては、スペインやフランスという広域の社会と画一的な文化を持った近代国家に対して強い違和感を持ち、同時に自己が自己であるということを激しく証明したい気分が高まっている。
そのことが、穏健派においては自治の獲得になり、過激派にとって独立運動を推進する酒精度の高い気分になっている。