読書逍遥第327回『日本の挽歌 失われゆく暮らしのかたち』(その2) 森本哲郎著
『日本の挽歌 失われゆく暮らしのかたち』(その2) 森本哲郎著
「障子」も味わい深い一節
こんな言葉(考え)に出会いたくて、森本哲郎の書物に接してきた
蕪村の鑑賞の仕方についても多く教えてもらった
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障子は思いのほか温かい。紙一重が、どんな厚い壁よりも温かく感じられるとは、なんとも不思議な話であるが、それは和紙のせいである。
障子の秘密は和紙にあるといってもいいのだ。
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じっさい、障子ほど微妙に生活の影を映すような″画布″はないといってもいい。
障子はどんな光の変化をも敏感にとらえ、季節で異なる光の色を巧みに映しだし、刻々変わる陽ざしの移ろいを決して見逃さないのである。
障子は、そのなかに住む人のひそやかな立居をゆかしく描きあげ、なかにいる人には外の気配をそのまま黙示する。
障子は軒をかすめてとび立つスズメの影さえ見落とすことはないのだ。
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⭕️燈ともせといひつヽ出るや秋のくれ 蕪村
障子は、戸外に出て、それを遠く眺めやる時、いっそう美しい。ことに秋の夕暮れ、そして冬の。
障子に映る家々の灯影が、生きていることのいじらしさを、名状しがたい趣きで滲ませているからである。
遠い灯影ほど人々に郷愁をかき立てるものはない。そのような灯影をつくり出すのは障子なのだ。
障子は夕暮れとともに、一軒の家をそっくり行灯(あんどん)に変えてしまうのである。
郷愁の詩人といわれる蕪村は、火影をこよなく愛した俳人だった。「燈ともせといひつヽ」外に出たのは、障子に映る灯影を遠くから眺めたかったからではなかろうか。
⭕️住ムかたの秋の世遠き燈影哉 蕪村
遠くにのぞむ淡い灯影は、障子なしには考えられない。
障子越しの淡い光こそ、そのなかで夜を重ねてきた人生を黙示するのだ。
だからこそ、灯影がかくも美しく詩人の目に映るのである。
蕪村は灯影を詠む、いや、灯影を読むことによって、人生をうたっているのである。