作品・本・人物紹介

蕪村落款とワンポイント講義

冨田鋼一郎

新資料
 「翠薇茅屋山居図」(仮称)

絹本着色
サイズ 110×35

落款
「明和辛卯十月於三菓亭中 謝春星」

「三菓堂図画印」 (白文長方印)(縦3.0×横5.5)
「謝長庚印」 (白文方印)(縦2.1×横2.2)
「發墨生痕」 (白文方印)(遊印)(縦21×横22)

制作 : 明和8年(1771)10月

三菓亭(堂) : 蕪村の画室
謝春星(しゃしゅんせい)、謝長庚(しゃちょうこう) : 蕪村の画号

[ワンポイント解説]

蕪村画業の生涯にわたる展開には明確な特色があり、画風と落款(署名と印)によって制作時期を区分けすることができる

「学習期」「模索期」「完成期」「大成期」の四区分だ (講談社『蕪村全集』絵画遺墨編)

本作品は明和八年、蕪村56歳の作
最晩年の円熟期にあたる「大成期」に入る直前の「完成期」にあたる

遠景は、霧の間から垣間見える雄大で奇絶な中国の絶景、廬山のような山肌

夕暮れ時、小さく見える寝ぐらに戻る小鳥の群れ

傍に走り回っている子犬

茅屋の周りに配置された松林、白梅や白い花木など生き生きして瑞々しい

手前には、夕餉の仕度だろう、屋根から漏れてくる竈門の煙

中心には唐人(からびと)とおぼしき行商人と茅屋主人との商い場面

通りに面した窓から棒に括った小袋を差し出す 「ここに品を入れておくれ」
穏やかな日常のやりとりを描く

買っているのは、菜種油か晩酌の酒だろう

自然に抱かれた豊かな暮らし

全面清浄な空気が満ち溢れているが、この透明さはいったいどこからもたらされているのだろう

明和8年(蕪村56歳)という年は、蕪村にとって画俳ともに充実した年だった

前年の3月に、周囲に請われて夜半亭二世として宗匠立机し、弟子との句作、指導が始まり、句作数は急増した

さらに、画においては、8月に池大雅との合作「十便十宜図」(国宝)を完成させた

一方で、炭太祇、黒柳召波、伏見の鶴英など、盟友を相次いで失う悲しみに遭遇した

文人趣味の蕪村は、多くの印章を持ち、使い分けていた 

これらの三つの印は、講談社『蕪村全集』絵画・遺墨編の印譜に掲載されている(20番 23番 26番)

「三菓堂図画印」(白文長方印)はこれが初見

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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