読書逍遥第145回 『超個人主義の逆説』山本龍彦著
冨田鋼一郎
有秋小春
廃坑となり、博物館化した町、ウェールズのロンダ渓谷
産業革命以後今日までの繁栄を支えてきた原点を垣間見る
@@@@
[わが谷は緑なりき]
ジョン・フォード監督映画「わが谷は緑なりき」1941
人間は、石炭と鉄によって、世界を一新し、社会の仕組みを変え、歴史を劇的に展開し、個々の人生までも変質させた。
むろん、それはけっして平坦な道ではありえない。新しいエネルギーの獲得、それによる技術の進歩は、人々に恩恵を施すとともに、その過程で過酷な試練を課すのである。
例えば、人口の都市集中だ。野や谷の緑の世界で暮らしていた人々たちは、産業の発展とともに都市へ流れ込み、18世紀末には、まだのどかな田園都市だったマンチェスター、バーミンガム、リヴァプールといった町々は百年足らずのあいだに、なんと人口十倍、十数倍の工業都市へと変貌したのだ。
イギリスの都市人口は、既に全人口の4分の3を占めるまでに至った。そしてその人口の多数を占める労働者たちの生活が、いかに悲惨を極めたものであったかは、エンゲルスの「イギリスにおける労働階級の状態」に克明に報告されている。
私はその”遺跡”を一見したいと思い、ウェールズへ向かった。ロンドンから列車でウェールズの首都カーディフへ。そこから映画の舞台とされたロンダ渓谷へ。
南ウェールズの炭鉱地帯は、東西約65キロ。そのなかに28の谷が刻まれている。その谷々に今世紀初めまで五百もあったという炭鉱が、今ではわずかニつを残すだけとなったという。1980年に閉山した廃坑のひとつが、炭鉱博物館として見物者を集めていた。
両側の黒い地層が、そのまま文明史を証言しているように思えた。