読書逍遥第276回読書逍遥『中国・江南のみち』(その6) 司馬遼太郎著
『中国・江南のみち』(その6) 司馬遼太郎著
紹興
魯迅(1881-1936) 紹興生まれ
「瓦流草」(がりゅうそう)について
魯迅の「故郷」に出てくる、魯迅の生家の屋根に生えている草
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すでに蘇州以来、見慣れてきた瓦屋根の波がつづく。灰色になるまで寂びてつやを失った黒瓦のこの美しさをどう表現していいか。厚みも日本瓦とはまったく違う。
せんべいのように薄く弱々しく、一枚ずつなら、小石を落としても割れそうだが、それらを重ね目をたっぷりとって重ね合わせてゆくと、総体として強くもなり、雨水もうまく排けるらしい。
さらには日本の瓦よりも、屋根の総重量としては軽いはずである。瓦は雨水をしのぐだけを目的としたもので、家屋構造の重層的な負担になることをできるだけ避ける方がいいに決まっており、この点、日本の瓦よりは合理的なのではないか。
この半円型のせんべい重ねの列が、棟から軒へ縦列を組んで流れてゆくさまは、まことに美しい。
私はこの旅で、中国語に「瓦流」という言葉があるのを知った。
古い民家の瓦屋根には、決まったように、青黄色い植物性の粉がふりかけられている。短草が生えているのである。
瓦のすきまに溜まったわずかなほこりを土として、草がけなげに根を張っているのである。私どもが訪ねたこの六月は、この草の花の季節で、それも盛りだった。
あとで草の名を聞くと、「瓦流草といいます」という答えを得た。言葉も美しく、さらには、蘚苔類ほどによわよわしくささやかでもあるこの黄色い花に飾られた古い「瓦流」は、宋代の絵画に見るような瀟洒な味わいを出していた。
同じ江南でも、蘇州や杭州では「瓦流草」を見なかった。
中国の庭園では、日本の枯山水の庭とは違い、太湖石その他の庭園石に苔がつくことを嫌い、たえず注意して磨いているとされている。
それと似たようなことで蘇州、杭州では瓦流草を嫌うとすれば、それを愛しているかに見える紹興人には、ちょっと違った美意識が支配しているのではないかとさえおもわれた。