読書逍遥第335回『南蛮の道』(その7) 司馬遼太郎著
冨田鋼一郎
有秋小春
蕪村に「渡月橋図」という有名な絵がある
嵐山渡月橋について「嵯峨散歩」から抜粋
この描写は、一幅の絵を想像させる
☆☆☆☆
渡月橋は、古来、嵐峡という自然の造形を引きしめてきた人工の部分である。部分としてのたしかさは日本の風景の中でも比類がない。
この景観には、大きく孤を描いた唐橋は似合わない。渡月橋は、ひたすら水平の一線をなしている。それも、橋であることの自己顕示を消し去ったほどに控えめである。
この感覚は、桂離宮の軽みにも通じている。また、どこから見ても、景観の中では、低目の位置に渡月橋の一線があり、この位置が、黄金分割になっている。
といって、構造は鉄骨・鉄筋コンクリートなのである。しかし、たれの目にも木造橋梁としか思えない。その秘密は、構造上、無用の部分として腰板がほどこされていることと、高欄が檜であるということにあるらしい。尾州檜だそうである。