読書逍遥第221回 『オランダ紀行』(その10) 街道をゆく35 司馬遼太郎著
冨田鋼一郎
有秋小春
東北地方を「北のまほろば」とする。
冒頭を読みながら、18世紀中頃「奥羽行旅図」8図で蕪村が描いたみちのく風景をしのぶ。
@@@@
“まほろば”が古語であることは、いうまでもない。
日本に稲作農業がほぼ広がったかと思われる古代ーー5、6世紀ころだろうかーー大和(奈良県)を故郷にした人ーー伝説の日本武尊(やまとたけるのみこと)ーーが異郷にあって望郷の思いを込めて、大和のことをそう呼んだ。
語頭の「ま」にいとおしみが籠められている。「ほ」は秀(ほ)か。穀物の穂のようにツンと高く秀でているさま。だから高燥の地のことだ、という解釈もある。しかし高燥だと、自然の適地である条件に適いにくい。
私は、まほろばとはまろやかな盆地で、まわりが山波にかこまれ、物成りが良く気持ちの良い野、として理解したい。むろん、そこに沢山(さわ)に人が住み、穀物がゆたかに稔っていなければならないが。
倭(やまと)は 国のまほろば
たたなづく 青垣(あおかき)
山隠(やまごも)れる
倭(やまと)しうるわし
縄文時代には信じがたいほどに豊かだったと想像される。東日本全体が世界でもっとも住みやすそうな地だったらしい。
山や野に木ノ実がゆたかで、三方の海の渚では魚介が取れる。走獣も多く、また季節になると、川も食べ物の方から身をよじるようにしてーーサケ・マスのことだがーーやってくる。そんな土地は、地球上にざらにはない。