蕪村『安永三年春帖』挿絵版画十六枚
冨田鋼一郎
有秋小春
蕪村26歳、寛保元年に描いた「花卉図」には40もの草花のなかにアジサイとアサガオが入っている
どちらも濃い墨で葉脈をつけた葉を添えて、咲いている
蕪村の画の修業はこのときに始まる
淡い紫陽花の絵は、軽く縁取りした上に薄くさっと色付けしただけだが、ボリューム感がある
一輪だけにせず、横向きの紫陽花を描き添えているため丸い立体感が感じられるのだ
描いてから280年にもなるが、生き生きといまも咲き続けている!
まだ無名の修業時代の健康な衒いのない筆使い
こんな絵が描けたら筆を手にするのが楽しくて仕方がなかっただろう
いずれも今の季節の花だ
ただし、季語では紫陽花は夏、朝顔は秋となる(昼顔や夕顔の季語は夏)
蕪村の朝顔の絵はこの絵しか見当たらない
朝顔の句が四句あるが、何故か紫陽花の句はつくっていない
⭕️朝がほや一輪深き淵の色
藍色の朝顔。その一輪の小さな花の中に深淵の藍の色のすべてが湛えられているかのようだ。深淵の深きことはこれ眼前の朝顔、といった禅問答めかした機知的把握。
⭕️朝がほや手拭(てぬぐひ)のはしの藍(あゐ)をかこつ
朝洗顔の折、露にぬれた朝顔の藍色と見比べて、手拭の端の藍染めなんざァ、この朝顔の色に比べたら問題じゃねぇ、と愚痴をこぼす。その愚痴を通して、朝顔の藍の深さをたたえた。
⭕️朝顔や実も朝々にひとつづヽ
毎朝交代に咲く朝顔、一輪咲くごとにその実も毎日一つずつ着実に増やしている。朝日にしぼむはかない花の堅実な営為に着目
⭕️朝顔にやよ惟光が鼾かな
惟光(これみつ)
『源氏物語』に登場する光源氏の側近
夕顔の君のもとに一夜を過ごした光源氏が牛車に戻ると、朝顔の花の中で二人を取り持った惟光の高鼾。「やよ惟光」と呼びかける源氏の苦笑
(いずれも講談社『蕪村全集』発句編の評釈)