読書逍遥第427回『日本史の謎は「地形」で解ける』【文明・文化編】(その2) 竹村公太郎著
冨田鋼一郎
有秋小春
蕪村が関東遊歴時代(20歳頃から35歳まで)に使用した印は、講談社『蕪村全集』の印譜に掲載されている八顆とされている。
蕪村の文人趣味は、無名の時期にこれほど多くの印を彫らせたことにもうかがうことができる。
これらの印章は、残念なことに、そして、面白いことに、36歳で上洛して以後、一切使用した跡が見られない。
また、この事実からこれらの印のある作品は、蕪村の関東遊歴時代だとする有力な証拠となる。
(講談社『蕪村全集』絵画遺墨編佐々木承平氏による解説)
印章を上洛の旅の途中に紛失してしまったのか、あるいは、上洛を期に印を全て一新したものか、理由ははっきりしない。
現物作品の真贋を判定する第一関門は、落款(署名と印)の確認である。
いま精確を期すため、全集の印譜と手元にある現物と照らし合わせの作業をしている。
印のサイズのみならず、縁の欠け具合なども重要な判定材料である。
ここに八顆のうちニ顆を掲載して、照合作業の一端を紹介する。
懶(らい)とはなまけること。
精進を怠りがちな自分を戒めるために「懶郎子」と名乗り、修業に努めよと自らに言い聞かせたものか。
あるいは、後年「書窓懶眠」の前書きで
学問は尻からぬけるほたる哉
の句にあるように、自らを「懶郎子」とユーモラスにおどけてみせるものとも思われる。
落款の解説文が逆になってます。
ありがとうございます。修正しました。